生まれる時も一人、死ぬ時も一人
自身の話をするのは余り好きではないのですが、経験を交え話したく思います。
人間は、そもそも孤独なものだと認識したのは、病室で癌と闘う親の姿を見た時でした。
母は大腸がん、父も肝臓がんで病院で亡くなりました。
そこには何もできない無力の自身がいました。
入院してから毎日、病院に会いに行きましたが、どちらも一人で病と闘っていました。
人の最期は孤独なことを実感しました。
両親が亡くなったことで、世の中で「一人ぼっち」になった気がしました。
祖父母、父母、一人子なので兄弟姉妹、結婚していないので妻子がいない自身は、誰がどうみても孤独だと思いました。
一方で、会社に行けば必然と人間関係があり、その人間関係を維持するかのように連日の飲み会等、暴飲暴食を繰り返し健康を害していることに気づきました。
当時は一人を恐れていました。
人間関係の断捨離
アーリーリタイアは、健康を取り戻すために行った経緯もありますが、人間関係の断捨離に活用した側面もあります。
会社の繋がり(人間関係)は、貸与されていた携帯電話を返却することでほぼ絶ち切れました。
人間関係の断捨離とは、
自身の場合、過去に出会った人とは、こちらから連絡をすることなく受身となり、新たな出会いや再会を大切に人間関係を再構築していく考えです。
会社にいる時は、交友関係が多い方だと思っていましたが、辞めればピタリと連絡は絶えます。
数少ない連絡は、本当に嬉しく感じさせます。
親戚の法事等、仕事を理由に断っていましたが、行ってみると叔父や叔母、いとこ等、親族の存在を改めて知ります。
地元の同窓会に行ってみると同期と仲良くなったりと、人間関係の再構築がすすんで行きます。
しがらみや利害関係のない交友は、人生を豊かにするようにも思えます。
アーリーリタイアを覆す同期との出会い
働く気が全くなかった自身を変えたのは、33年ぶりの同窓会で会った、当時は余り話をしなかった同期の存在です。
大手企業に勤めていた彼は、数年で会社を退職し独立して会社を起業していました。
「一緒に働かないか」
立ち上げたばかりの保育園の園長を任せてくれました。
園児40名程の小さな保育所で、保育士等職員は20名程、新たな職場での仕事は新鮮でした。
子どもと触れ合ったことがなく、どう接していいかこまねいていると、若い保育士さんが「行けば遊んでくれるよ」とアドバイスを貰い、子どもたちと遊ぶことができました。
「運動会」や「発表会」等も楽しい思い出です。
10歳年下の運営の上司にも恵まれ、本当に楽しく仕事ができました。
48歳でアーリーリタイアし、53歳で仕事復帰しました。
新たな職場でも、様々な課題がありました。
コロナ禍もあり、感染対策等、誰も経験していない難題もありました。
何よりも自身の問題は通勤でした。
夏場で片道車で1時間半程、往復で3時間を費やします。
問題は冬場で、行は朝早く家を出れば2時間程で着くのですが、帰りは渋滞で3時間~4時間、天候が荒れれば最大で6時間半ほど掛かったこともあります。
気合と根性で通ったのですが・・・・
また同期の社長が、新たな事業を行う為に保育事業を売却したこともあり、本格的な冬を前に56歳で保育園を辞めました。
断捨離で得られた人生観
人間関係を断捨離することで、新たな出会いや再会を大切にするようになります。
出会いを大切にすることで、思わぬ方向に話がすすみ、自身は有意義な経験ができました。
同期と会ったことで人生観が変わりました。
彼は「会社は道具」だと言います。
居心地が悪ければ、道具を変えればいいのです。
自分にとって居心地のよい道具を作ればいいのです。
2回目のアーリーリタイア、自身の居場所探し、居場所作りをしていこうと思います。